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キャリア論

修羅場の数だけ、エンジニアは強くなれる【前編】

株式会社ディー・エヌ・エー<br />
取締役 川崎 修平  執行役員 システム本部長 木村 秀夫

  • 2016.01.05
  • 株式会社ディー・エヌ・エー

    取締役 川崎 修平  執行役員 システム本部長 木村 秀夫

トップクラスのスキルを持つエンジニアが、多数在籍しているディー・エヌ・エー(以下DeNA)。技術力の高さは、様々な方面から注目されています。そのDeNAでエンジニアを牽引する川崎氏と木村氏。プロジェクトの修羅場をいくつも体験し、その中でエンジニアとしての経験値を積みスキルアップしてきたとのことでした。2人にはどのようなキャリア観があったのか、そして今後エンジニアがどのようにキャリアを磨いていけば良いのか、ヒントを伺ってきました。

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今も昔もサービスを作りたい

 

────エンジニアとしてのキャリアにおいて、お二人とも受託開発を通ってきたと聞きました。どのようなキャリアを歩んできたのでしょうか。まずは木村さんにおたずねします。

 

木村 エンジニアとしてのキャリアのスタートは、ISPでのソフトウェア開発のエンジニアとなります。新規事業やプロジェクトマネージャーなどの様々なポジションを経験しましたね。

 

そして、次はそこで出会ったメンバーとの起業です。以前から起業したいという気持ちはあったのですが、お金まわりが苦手で一人で始めることを少し躊躇していた時に、ちょうどお金まわりに強い同僚が見つかったので、受託開発の会社を一緒に立ち上げました。そこでは大手金融機関や中小企業の社内システムなどの設計・開発を行っていました。

ただ、当時は20名ぐらいの組織だったため、なかなか大きなサービスを作る機会がなく、今後どうしようかと迷いが出てきました。そこでちょうど事業転換のタイミングがあり、今度は大規模サービスを経験できる企業を希望して、通信キャリア系ホスティング会社に入社したのですが…。

 

────大規模開発に携われて、充実したエンジニアライフを過ごしたのですね。

 

木村 そううまくはいかず(笑)。というのも、今度は会社の規模が大き過ぎて、なかなかプロジェクトがスピーディーに進まないことが多々あり、モヤモヤを抱えていました。

 

────思い通りにいかないものですね。

 

木村 もう一つモヤモヤしていた理由に、ユーザーと近いところで開発をしたいのに、実現できにくかったというのもありました。もう若くはなかったのでマネジメントポジションを打診されるケースが多く、やりたいこととのズレが発生していました。

 

────そこで次はDeNAに。

 

木村 Perlのコミュニティ活動に参加していた際に、DeNAのエンジニアと知り合いになったことがきっかけです。よくよく話を聞くと「大規模サービス」「ユーザーに近い距離で開発ができる」ということだったので、DeNAへの入社を決めました。それまではインフラ系のサービスに関わることが多かったのですが、DeNAに入社をすればBtoCサービスに関われますし、当時ガラケーの開発が主流だったにもかかわらず、自分には経験がなかったので大きなチャンスだと感じました。最初はガッツリ開発させてもらいました。

 

────それから、またマネジメント職だったのでしょうか。

 

木村 そうなんですよ(笑)。入社後はプロジェクトマネージャーとしてオープンプラットフォームのプロジェクトに携わっていました。結局、DeNAに入社をしてもバリバリの最前線で開発することにはならず、入社1年後にはマネジャーとなり、現在もマネジメント職です。

 

────正直なところ、希望の開発業務とは違ったのでモチベーションは下がらなかったのでしょうか。

 

木村 昔はマネジメントが嫌いで苦手でしたが、よくよく考えるとマネジメント職のほうが向いているような気もしてきたんです。DeNAに入社して業務を進めていくうちに、「開発現場で活躍したいからマネジメントをやろう」という気持ちに変化していきました。部下を上手くマネジメントしていくと皆で同じ方向を向きやすくなり、チームで目標に向かって突き進むということがすんなりできるようになったんですよね。

 

────一丸となれたということでしょうか。

 

木村 それも大きいのですが、ゴールしたときのアウトプットの大きさに感動や達成感を得たという感じです。そこでユーザーの声を取り入れ、開発の方向性を示し、スケジュール通りに進めて実現する。それによって、より大きなサービスを構築していくことができる。それを実現することができるマネジメントという仕事に、面白みや気持ち良さを感じることができたのが大きいですね。

 

 

 

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エンジニアのキャリアは考えていなかった

 

────なるほど。優秀なエンジニアの影響もあって、マネジメントの面白さを理解できたのですね。川崎さんはどのようなキャリアへの意識があったのでしょうか。

 

川崎 実はエンジニアとしてのキャリアは考えたことがなくて、「とにかくプロダクトを作りたい」、とだけ思っていました。今でもエンジニアとしてのキャリアはあまり考えていません。

 

────どういうことでしょうか。

 

川崎 自分にはモノ作りしかできないと思っていますし、学生時代から「こういうことがやりたい」と思ったらそれを実現するための技術を磨いていこう、という意識がありましたね。学生時代は2軸で行動していて、一つ目が生活していくための受託の仕事でした。フリーで案件を請負っていたのですが、そこでは職人的な感覚を身につけることを常に意識していました。ざっくりとした仕様書しか決まっていないときは、「本質的な問題解決をするにはどうすればいいか」という気持ちを持ってチャレンジしていましたので、面白かったですね。

 

もう一つが、個人でのサービス運営。そこでは、サービスの感覚を養っていました。例えば、「○○の見せ方を変更したら、ユーザーの反応がこのように変わる」とか「どれくらいの資金でどれだけのリソースがさばけるのか、どれくらいスケールするのか」といったことですね。自分のサービスなので、自由に運用しながら試行錯誤していました。

 

────なるほど。受託と個人サービスで自己研鑽されていたのですね。DeNAへの入社は、どのようないきさつだったのでしょうか。

 

川崎 2002年頃の話ですが、「Yahoo!オークション」のサービスが大好きで、同じようなオークションサイトを作れたらいいなと考え、オークションの相場サイトを運営していたんですね。そうしたらある日、DeNAの南場と守安から「運営者と会ってみたい」というメールが送られてきたんです。気付けばそれから今までずっといますね(笑)。

 

────なぜ、入社しようと決意されたのでしょうか。

 

川崎 最初はアルバイトだったのですが、1人のアルバイトに新規サービス開発の全てを任せてくれる会社の度量の大きさに感動しました。自分が構想していたオークションサイトを自由に設計・開発させてくれるなんて、素敵じゃないですか。一人でサービスを立ち上げるとお金周りやカスタマーサポート部分が難しかったりするのですが、そのあたりはプロフェッショナルな人に任せられるので、自分は開発に集中することができました。会社のリソースを使って、これまでやりたかったことを実現できた喜びが大きかったですね。

 

もう一つの理由として、当時は博士課程の3年次が終了する頃で就職活動のタイミングだったので、自分がDeNAで作りかけたサービスの面倒をきちんと見ようと思ったこともありますね。

 

 

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修羅場がエンジニアを強くする

 

────自由度が高いという社風が入社の大きな要因になったようですね。今までお二人自身についてお話しいただきましたが、今後はエンジニアのキャリアについてヒントをいただければと思います。エンジニアとして成長するために磨いておくべきスキルにはどのようなものがあるのでしょうか。

 

川崎 どんな言語をやる、どんな技術をやる、という表層的なことよりも、本質的な問題を見つけ、求められている要件に応えられるスキルの方が重要なのではないかと思っています。それが、できる人に共通して言えるスキルじゃないでしょうか。例えば、「○○の箇所の開発は、とにかく動けばいいところなのでそんなに工数をかける必要はない」という判断や、「○○はシステムの核になるから設計をしっかりやって、将来的なメンテナンス性や拡張性を視野にいれておかないといけない」という判断をするなど、そのようなことを日々意識しながら仕事を進める必要があります。

 

木村 結局「引き出しの多さ」に尽きる気がします。これから新たに携わる業務においても、過去に一度体験したことと似たような場面に出くわす可能性が高いので、色んなサービス、ポジションを経験して、引き出しの数を増やすことが重要かと。

 

────色んな経験を積んで引き出しを増やすためには、どのようなことが大事でしょうか。

 

川崎 修羅場かな。

 

木村 修羅場だね。

 

────修羅場というのは、極端な業務負荷や障害発生の対応などでしょうか。

 

川崎 そうですね。その修羅場を何回くぐったかが大きいですね。「ヤバイ」「なんとかしないといけない」という気持ちが本能に訴えかけてきますから。それを乗り越えると飛躍的に成長できます。

 

────具体的な例はありますか。

 

川崎 業務負荷に関しては、学生時代に受託案件を手掛けていたときに納期が週末に3つ重なってリアルに泣きながら開発していることがありました。当時結婚を控えていたこともあり、受託をこなさないと死活問題に発展しそうでしたから必死でしたね。

 

そうやって、繰り返し修羅場をくぐったことによって設計力や工数見積りの精度が高くなっていき、案件のスケジュール調整が上手くできるようになっていったと思います。注力すべきところと手を抜いても比較的大丈夫なところの色分けも肌でわかるようになりますね。

 

やはり大障害を乗り越えたエンジニアは手ごたえを感じているはずですし、社内のエンジニアも実際に成長をしていると感じます。

 

木村 僕もそうですね。過去に、外的要因で無茶な依頼が多々ありました。確かに相当きついですが、やはり数をこなしていくことによって効率性やスケジューリングといった次回のプロジェクトへの教訓を学べて、成長できた気がします。

 

────いわゆるハードな仕事をやっていくことで成長できると。

 

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木村 そうですね。色々な経験を積んでいると、問題発生の事前予測や、実際に起こった時の問題の切り分けといったスキルが身につきます。プロジェクトの事例ですと、よく言われる納期問題ってありますよね。経験がないと、要件通りに作り込もうとしてなんでもかんでも詰め込んで炎上するケースが多いと思いますが、問題の切り分けができるようになると「このフェーズであれば切り捨てても大丈夫」「これくらいならあとからリカバリーできる」といった判断が可能になります。

 

それに加え、引き出しが多いといくつかの解決パターンを選択できるようにもなります。小さな障害対応でも、いくつも積み重ねることでその辺りはスキルアップできるんじゃないでしょうか。

 

────なるほど。極端な業務負荷や障害対応などに根気よく対応することで、次回のプロジェクトの教訓となっていくということですね。

 

 

 

 (後編に続く)

※次回はマーケット視点からのエンジニアのキャリアについて考察していきます。

Profile

株式会社ディー・エヌ・エー │ 取締役 川崎 修平
東京大学大学院博士課程在学中の2002年1月、システムエンジニアとして株式会社ディー・エヌ・エーに入社。2004年大学院単位取得退学後、同年4月より正社員となる。2007年6月、取締役に就任(現任)。

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